遊びは、人間に限らずさまざまな動物が行っています。
とはいえ、人間の遊びは他の動物と比較しても別次元に高度化しています。
武術や芸術も、その根っこに余暇があると考えれば、遊びの延長線でとらえることができます。
また科学分野における探求も、日常における必要性や必然性に乏しいものと考えれば、やはり遊びのような部分があるのではないでしょうか。
また、遊びについて学術的に研究した人も数多くいます。
有名なところではロジェ・カイヨワの「遊びと人間」という本があります。
遊びにこそ人間の本質がある。
そんな風に考えた人は、これまでにもたくさんいました。
人工知能について考えたとき、正確性や反復性は人間に勝ち目がないことは明白です。
その一方、問を立てたり、何かを決断することについては、人間に一日の長があるとも言われています。
問も決断も、いまここにはないもの、余白部分にアプローチする行為です。
余白、つまり「あそび」があることで、人間は新しい世界に踏み出せます。
こどもたちが遊びに興じていると、気がつくと何かしらの決まり事が産まれます。
「影からはみ出したらアウト!」
「横断歩道の白いところしかあるいちゃダメ!!」
眼前のありふれた事物から、あたらしい切り口が産まれる。
今風にいえば、それこそイノベーションとでもなるのかもしれません。
2020年、オンラインに関する認識が大きく変化しました。
オンラインゲームは随分と以前からありましたが、今回の変化は「カラダを使った遊び」に及んでいます。
私の周囲でも、オンライン上で歌ったり、武術や体操をしている人がほんとうに増えました。
一方で、オンラインでのカラダ遊びに興じれば興じるほど、やはり現実空間で一緒に遊べることのありがたみも感じます。
オンラインは現実の代替物ではなく、異なる遊び方を楽しむ場なのかな、とも思います。
オンラインでこそ楽しめること、現実空間でこそやってみたいこと。
武術や芸術という「遊びのカタチ」を通じて、それを探求していくこと。
あらためて「みんなが幸せになれる世の中」を目指していくに当たり、とても大切なことなのではないかな?と感じています。
当社としても、オンラインで、現実空間で楽しめる、いろいろな遊びをご提案していきます。